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梅たろすのひとり言

梅たろすのひとり言

第3話 ポイント


  ポイント

 アルバ星の巨大マーケットはアルバ星のすべての土地からあらゆる食材が集まって来る。時には他所の星から来る食材もレア物として、アルバ星人の口に入ることもある。1階のフロアーから天井を眺めるとその高さは数百メートルに達するが、その高さまで壁づたいにスロープ状の廊下が渦を巻いているようだ。十階のスロープから1階の巨大なフロアを眺めているカブサンは、眩暈を軽く感じていたが、隣に立っているローリンは嬉しそうに1階フロアを見ていた。
「女のくせに、よく平気だな」
 気が弱そうに呟くカブサンの触覚は萎れかけている。ローリンはからかうようにカブサンの触覚を手で持ち上げた。
「ねえ、知ってる?」
「知ってるよ。元気が無くなった触覚を持ち上げるにはヒトが好きなコーヒーとかいう苦いやつを飲むと立つんだろう」
「惜しい。ヒトに関係ある話であるんだけどね。この間ファルコ先生が言ってた話なんだけどね‐」
「あの先生って、どういうわけかヒトについて詳しいよな」
「何でも、ヒトの歴史について研究論文を書いたことがあるらしいよ。ヒトとかに会って取材でもしたんじゃない?」
「で、ファルコ先生は何て言ってたんだ?」
「ヒトが住む地球という星には、マネーというものがあったんだって」
「マネー?何だそりゃ」
「ここで言うポイントみたいなものみたい。でも、地球ではマネーが無ければ何も手に入れられないらしいよ」
「嘘だろう。それでも、食料品くらいは手に入るだろう」
「それは、ここでの話しよ。食料品でさえ、マネーが無いとダメだったみたい」
 カブサンは、ローリンの話をとても信じられないという思いで1階のフロアを眺めていた。1階にはさまざまな食料品が置いてある。アルバ星では、食料品はポイントが無くても生きる権利として購入は出来るのだ。
 ローリンの話では、地球という星が絶滅をする前にマネーを無くそうという運動が起こったという。貨幣というものがマネーの基本となっていたが、その貨幣自体を廃止にしようという運動だ。ヒトは貨幣の為にお互いに殺し合い、奪い合い、騙しあっては犯罪を繰り返していた。マネーの為に女は体を売り、マネーが無いということだけで暮らしに貧窮をして借金というものに頼り、時にはマネーの為に自ら命を散らすこともあった。マネーは単なる物質だ。物質の価値は命を越えてしまった。
 そこで、貨幣を廃止することを考えついたという。貨幣というものに頼らなくとも、ヒトがそれまでと同じように生産と流通を絶やさずにいれば、生きる権利として食料などを無料で購入する。マネーは、権利という誰もが奪えないものに変わるだけだ。モノを無料で購入する対価は、ヒトそれぞれの労働だ。しかし、それまでは、マネーの為に労働をしていたヒトに人生を楽しむ時間も余裕も無い本末転倒な結果に陥っていたともいう。
 会社というヒトを雇い入れる団体は、マネーのことを考えてヒトを雇う人数を極力減らすことに精力を費やし、労働の枠に入れないヒトたちは食べるものにも困っていたと云われている。しかし、貨幣を撤廃することで会社もマネーのことを気にせずに余裕ある人材を配置できるために、たとえ会社が二十四時間動いていても誰もが余裕のある労働になるはずだった。
 元々身体が弱かったり障害を持ったヒトは、それなりに社会的に証明を受ければ労働者と同じ権利を与えられる。
 ヒトがモノを購入する際にすべてが無料となるために、混乱が起きないように規則が設けられる。それまではマネーで清算をしてレジという場所を通りモノを購入していたのだが、すべてが無料になってもレジを通ることは義務付けられるのだ。ようするに店側の許可を受けない持ち出しはすべて犯罪となるのは、それまでと変わらない。それまでマネーを多く持つヒトしか手に入らないと思われていた高級な品物も優先順位こそあれ、申し込みをすれば順番で誰もが入手することが出来るようになる。その優先順位を決めるのが労働力に対するポイントだ。労働には危険な仕事や重労働など、誰もやりたくないような仕事が多様にある。そのような労働者ほどポイントが高くなる。ヒトの文明もアルバ星並みになるかと思われた。世界基準でそのような法律が決まる直前、世界の滅亡が始まったとされる。その時点ではまだマネーは存在した。マネーを多く持つ者だけが、宇宙開発で実現した他の星への移住が決行されたのだ。そして、アルバ星に来たヒトは食料になるという皮肉な結果になってしまった。
「結局、品物を購入する時にチェックを受けないと犯罪になるというのは、アルバと一緒なんだな」
「それはアルバなら誰でも常識なことなのに・・・・どうしてテンピルはチェックを通さなかったのかしら」
「ファルコ先生も大変だな。今頃、テンピルの代わりにぺこぺこ頭を下げて謝っているんだろうな」
 そう言いながら、二人はスロープの奥の方を見やった。
カブサンとローリン、そしてテンピルの3人は休みのこの日に誘い合ってこの巨大モールへ遊びに来たのだが、何の間違いかテンピルが小瓶に入ったドリンクのチェックを通さずに持ち出してしまったのだ。サイレンとともに走って来た店員に取り押さえられ、驚いたカブサンとローリン以上にテンピル自身が訳のわからないような表情をしていた。すぐに学校に連絡が行き、テンピルの両親と担任のファルコが駆けつけた。カブサンとローリンは、テンピルが通された部屋から出て待っているように言われ、このスロープにいるのだ。
1階を見下ろしていると、両親に挟まれたテンピルが歩いているのが見えた。
意外にも、テンピルの触覚は元気にピンと立っている。テンピルは十階ほど上にいるカブサンとローリンが見えたのか、振り返って両手を大きく振った。
「あいつ、どうしてあんなに元気なんだ?」
 カブサンの言葉に背後から答える声があった。
「勘違いだったのよ」
 二人が振り向くと、そこに担任教師のファルコがいた。
「テンピルはドリンクのチェックを忘れたわけではなくて、ドリンクを裸で持っていたから誤解されたのね」
 アルバ星での買い物は、レジチェックを通ったものは専用のバックに入れておくのが通常だった。だが、稀にチェックを通したものをそのまま持ち歩く場合も無いわけではない。バッグに入らないような大きさのものならば品物にチェック済みの証拠を残さなければならないのだが、何箇所かある店によってその方法が異なる。
 テンピルは、ドリンクに添付されたチェック済みのステッカーを店内で外してしまったことが原因だった。チェックを済ませたとたんにステッカーを剥がしたが、チェックが済んだことを知っている店員にはそこまでの関心がなかった。それだけが原因だった。
「バカだなー、あいつは」
 頭を抱えるようにしてカブサンがうな垂れた。
「でも、一応これで解決したわけだし、これからどうしようか」
 ローリンはそう言いながら、ファルコを見つめた。
 ファルコにはローリンの気持ちはわかっている。教師と生徒が外で会うことはほとんどない。特にファルコは教師たちの中でもかなり生徒から慕われている。ローリンはたまには一緒に遊ぼうと、ファルコに目で訴えていた。
「あなたたちとこうして学校の外で会うことってあまり無いし、いい機会だから遊びを兼ねた課外授業でもしましょうか」
「ただ遊びでいいのに、そこに授業がつくのかよ」
 がっかりしたようなカブサンの言葉もどこかに嬉しさがある。
「ファルコ先生らしいわね」
 ローリンも大きな目を細めてファルコとカブサンの間に入り「行きましょう」と言いながら歩きだした。
「どこに行くんだよ、ローリン」
「歩きながら決めましょうよ、何の授業にするのか」
 真ん中を悠々と歩くローリンに、ファルコとカブサンは顔を見合わせて笑った。この子達にも何か新しいものを教えてあげたい。ファルコは“あの日”から胸の中にぼんやりと描いていたまだ実体の無い何かを呼び覚まそうとしていた。













 


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